春風のさわやかな季節を迎え、鐘撞堂に鐘が吊られ、令和の大改修工事も無事に完成いたしました。

また、さまざまなご縁が重なり、以前、山門をくぐって正面にあった桜の木を、お墓へ植樹することができました。
今年は枝を剪定しておりますので、美しい桜をご覧いただけるのは来年の春となりますが、その日を楽しみにお待ちいただけますと幸いです。

「散る桜 残る桜も 散る桜」(良寛和尚)
この歌は、江戸時代の曹洞宗の僧侶であり歌人でもあった良寛和尚の辞世の句といわれています。

「今どれほど美しく咲いている桜も、いつかは必ず散っていく。そのことを知ることで、今この瞬間を大切に生きることができる」という意味が込められているのではないかと、私は感じております。
3月のお彼岸の期間には、蛸薬師通りにある誓弘寺様とご一緒に、3日間、愛知県内でお説教をさせていただくご縁を頂戴いたしました。
その折、「使命」についてお話しさせていただきました。
『「使命」とは「命を使う」と書きます。私は、お金では買うことのできない自分の命を使って、みなさまの前でお説教をさせていただいております。そして、お話を聴いてくださるみなさまもまた、ご自身の大切な命を使って、この場にお越しくださっています。人と人との出会いは、まさに命がけの尊いものです。もしかすると、この中の何人かの方とは、今後またどこかでお会いすることがあるかもしれません。しかし、この同じ顔ぶれで出会えるのは、今日この時が最初で最後です。だからこそ、このひとときに、自分の命を精一杯使って仏さまの教えをお伝えしたい』とお話しさせていただきました。
この歌のように桜が散っていくのと同様に、私たちの命も必ず終える時がやってきます。だからこそ、限りある命をどのように使い、どう生きるかが大切なのです。
私たちは、過去や未来にとらわれ、悩み苦しんでしまいがちです。そのような私たちが「今この瞬間」を幸せに生きるために、仏の教えがあります。その教えを伝え続けていくことが私の使命であり、私が満福寺の住職になったご縁なのだと感じています。
また、今ここに自分が存在できているのは、決して一人の力ではありません。多くの方々に支えられているからこそ、今の自分が「今この瞬間」に存在できているのです。
そのことに気づき、感謝の気持ちを持って日々を大切に生きていく。そのような生活を皆さまと共に歩んでいけるよう、これからも研鑽を重ねてまいります。

4月19日~25日の7日間にわたって、法然上人のご遺徳を偲ぶ御忌会法要が長岡京市にある総本山光明寺にて厳修されます。
日々、お念仏をお称えできるのは、浄土宗をお開きくださった法然上人のおかげです。そのご苦労とご遺徳を偲び、報恩感謝のお念仏をお称えすることで、私たちの人生の花もまた、初めて咲かせることができるのではないでしょうか。
合掌

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